LOGIN「ゆきさん大丈夫?」
空港に降り立ったわたしは虫の息。
「す、少しだけ時間をください」
まだなんか空中をフワフワと漂っているような感覚が残っている。
おかしい。アメリカへの行き帰りは平気だったのに。「でもゆきさんの意外な弱点を発見できて、以前より親しみが持てましたよ」
ニコニコと機嫌の良い五代さん。
ご満悦そうな顔してるけど、わたしはダメージが大きくてそれどころじゃないんですよ。「さぁゆきさんにしてもらうことをゆっくり考えましょう」
ロクでもないこと考えてた。
しばらくして回復したので、そのままコンサート会場近くのホテルに移動。今回の会場は5万人規模のドーム。二日間の公演予定にもかかわらずチケットは即日ソールドアウトだったらしい。
北海道でもそれだけの人が待ってくれていると思うと、東京での公演規模は少し小さすぎたのかもしれないなと思う。初めてのコンサートはアーティスト憧れの場所でやりたかったのもあったけど、次回はもっと大きい場所でやっていいのかもしれない。できるだけたくさんの人にこの歌声を届けたいもんね。「今日はこのままゆっくりしておいてください。わたしは打ち合わせに行ってきますので、自由に過ごしてもらって大丈夫です。明日は進行についての打ち合わせに参加していただきます。明後日はリハーサルで、その翌日にいよいよ本番です」
打ち合わせでは演奏やスタッフの皆さんと楽曲の演奏順や舞台装置についての最終打合せ。
リハーサルでは実際の会場やサウンドステージで、ステージング、照明、音響のバランスを調整し、本番の感覚を掴む。「わかりました。ホテルでじっとしてるのも退屈なので、少し観光をしてきてもいいですか?」
「かまいませんが、本番を数日後に控えてるので騒ぎにならないように気を付けてくださいね」
まぁわたしが素顔でうろついていたところで誰も気づいたりしないでしょ。
テレビに出てるわけでもないしね。「テレビに出てないから誰も気づかないとか考えてるでしょう」
なんでわかった?
出来る女というのは人の心も読めるのか?「ゆきさんのお気楽極楽な短絡思考なんてお見通しです。甘い! 甘いですからね! ゆきさんの知名度はもはや全国区。知名度で言えば有象無象のタレント以上なんですから。く・れ・ぐ・れ・も! 素顔でうろついたりしないように」
なんかボロカス言われたような気もするけど、どうやらわたしの認識が甘かったようだ。北海道でも10万枚のチケットが即完売したんだから五代さんの言う通りかもしれない。
用意の良いことに帽子を用意してくれている。しかも今着ている服に似合うものをばっちり。「どうせ観光したいって言い出すと思い、さっき買っておきました」
いつの間に。相変わらず仕事が早いな。
「でも帽子だけで大丈夫なんですか? サングラスとかマスクも必要なのかと」
「そんなあからさまに怪しい恰好をしてたら逆に人目を引いてしまいますよ。逆にこれくらいの方がみんな気にしなくてちょうどいいんです」
なるほど。人間心理はそんなものかもしれない。
「もうあなたは立派な業界人なんですから、軽率な行動は控えてくださいね」
人差し指をぴんと立てて、女性教諭のように注意する五代さん。
なんか妙に似合うよなぁ。だけどその人差し指がわたしの顔に伸びてきて、鼻をちょんちょんと突かれてしまった。
「ゆきさんとわたしはもう運命共同体なんですから、あなたに何かあったらわたしも困るんですからね」
そんな仕草にも嫌味がなく様になってしまうのは五代さんの持つ魅力のせいだろう。
なんだか自分がとても子供になってしまったような気がする。二十二歳になっても成長しないな、わたし。それにしても運命共同体、か。
社会に出てそういった絆ができるのはとても稀有な事なのかもしれない。 人生において学生時代よりも社会人になってからの方が圧倒的に長い。人生の大半は仕事をしていると言ってもいいだろう。 その中で信頼を勝ち取って、いろんな相談に乗ってくれそうな人と出会えるというのはとても幸運な事だろう。わたしも五代さんの存在に感謝しないといけないな。彼女を裏切るような行動はとらないようにしよう。
五代さんが出かけた後、わたしも札幌市内を観光するためにホテルを後にした。 札幌に来たら、最初に行きたいと思っていた場所へ到着した。「こ、これは……」
目の前にあるのは時計塔。有名な観光名所なんだけど……。
「なんというか、何の変哲もない時計塔だね」
1878年にクラーク博士の提言に基づき、北海道大学の前身である札幌農学校の兵式訓練や入学式用の中央講堂として建設されたという由緒ある時計塔なんだけど、ビルの間にポツンと立っていて情緒を感じることが出来ない。
「現存する日本最古の時計塔なのに、せめて大学の敷地内に建っていればなぁ」
新渡戸稲造や内村鑑三も卒業したという大学。今では北区に移転されていて、時計塔だけが当初の位置に陣取っている。
せめて公園にでもしてくれていたらよかったんだけど、現代的なオフィスビルに囲まれた状況では「日本三大がっかり名所」と言われるのも仕方ない。それでも百五十年近くの歴史があるということで、過ぎ去った時代の息吹を感じようと意識を集中する。
……ダメでした。「車がうるさい!」
後方は交通量の多い交差点になっていて、行き交う車の騒音が気になって情緒にひたるどころの話じゃない。
「やっぱ北海道に来たら海鮮丼だよね!」
気を取り直してグルメ観光にシフトチェンジ。
「まずは海鮮丼だぁ」
北海道と言えば海の幸。
ここから歩いて十分程度のところにある市場。今でこそ市場と呼ばれているけれど、かつては|魚町《うおまち》と呼ばれていたらしい。わたしはそっちの名前の方が粋で良かったんじゃないかと思うんだけどね。
その中でグルメ雑誌にも掲載されている海鮮丼の有名なお店に来た。
市場にあるだけあって朝早くから営業しており、営業時間はお昼過ぎまで。ちょうどお昼時ということもあって人が多い。 ようやく席につき、さっとメニューに目を通したけど、わたしの目的は最初から決まっている。『特選海鮮丼スペシャル』一択!
ご飯が見えない程贅沢に盛り付けられた色とりどりの海鮮物に散りばめられたイクラが宝石のように光を放っている。
「おいしそー!」
さっそく豪快に食らいつくそうかと思ったんだけど、妙に視線を感じてしまう。
ちらりと視線を横にやると、座っていたおじさんが露骨に目を逸らした。視界の端で確認するといろんな人がこちらを見ている。ヤバい、バレたか?
だけど耳を澄ましてもわたしの名前が出てくるわけでもなく、ただ見られているだけなので素性までは知られていないようだ。多分。「コホン」
だけどさすがにこれだけの視線を集めている中、海鮮丼にかぶりつくわけにもいかず、一口ずつ上品に食べる羽目になってしまった。
これならテイクアウトにすればよかったなぁ。 「そりゃゆきさんみたいな美人が一人飯なんかしてたら注目されますよ」ホテルに帰った後、五代さんに今日の出来事を話したらさも当然のように言われてしまった。
あの後、市場内にあるスイーツ店にも寄ってクレープを食べたんだけど、そこでも注目されてしまい、一口ずつリスみたいに食べるしかなかったのだ。「いつもはみんなと行くから気にならなかったんだけどなぁ」
「人数が多いと圧倒されてしまうからでは? ゆきさん一人だけだともしかしたらという下心が働いてしまうものなんですよ」
そういえば海鮮丼の後もスイーツの後もナンパ男から声をかけられたな。当然丁寧にお断りしたけれど。
「……騒ぎは起こしてませんよね?」
「……起こしてない、よ?」
「なんで疑問形なんですか」スイーツの後にナンパしてきた男がしつこかった。
「もっと美味しいスイーツのお店案内するからさ」
などと言い、何度断っても諦めるということを知らなかったのだ。
挙句に肩に手を回してきたもんだからちょっと腕を捻りあげてやっただけ。「ナンパ男の撃退は騒ぎに入らないよね?」
「はあぁ……」盛大にため息をつかれてしまった。
「それで、何人投げ飛ばしたんですか?」
「投げてないから! ちょっとしつこかった男の腕をグイって……した、だけです」捻りあげる動作を交えて説明すると五代さんの表情が険しくなった。
「お姉さん方からゆきさんの武勇伝はいろいろと聞いていましたが。あれほど気を付けるようにと言ったのに」
「はい、てゅいまてん」
ゆき、しょんぼり。
今回は上手く対処できたと思ったんだけどなぁ。「く、そんな上目づかいで見られると……!」
しょげたわたしにたじろぐ五代さん。
「外出禁止は勘弁してぇ」
怯んだ隙を見逃さず、涙目で畳み掛けた。
「くそぉ! 可愛すぎるんですが! はぁ……今回は大きな騒ぎにもならなかったようですし、大目に見ます」
「やったぁ! 五代さん好きぃ!」
もろ手を挙げて万歳をするわたし。最近自分があざとくなったような気がする。
「でも次からはわたしも同行しますから」
「はい」そこまで甘くはなかった。
今日はわたしと依子さんの誕生日パーティーです。 昼間は前の職場で頼まれていたゆきちゃんの件のお仕事があって出かけていたのですが、今頃ゆきちゃんはわたし達のために腕を振るって料理を作ってくれていることでしょう。 その愛情がいっぱい込められた数々の絶品の品のことを考えると今からもう楽しみで仕方ありません。 味が美味しいのはもちろんですが、わたし達が美味しいと言った時のゆきちゃんの嬉しそうな顔が可愛くて、もうたまらないんです。 でもそれ以上に嬉しいのは、心からわたし達の誕生日を祝ってくれているのが伝わってくることでしょうか。 本当に楽しそうに料理を作る姿。 普段のお仕事が忙しいせいで疲れているはずなのに、今日も朝早くから起きて仕込みをしていました。 そして手の込んだ飾りつけも本当の心が籠っていて、とても丁寧に飾ってくれているんです。 元々手先の器用な人ですから、一生懸命作ってくれたであろう飾りは本当に芸術物です。 わたしにとってはラオコーンの群像にも引けをとりませんとも。 ようやく用事も終わり、愛するゆきちゃんの待つ自宅へと戻ってきました。わたし自身が待ちかねていましたとも。「ただいまです」 玄関で靴を確認すると、依子さんが先に帰っているようです。ゆきちゃんと二人きりになれるチャンスかと思っていたので少しだけ残念です。 だけど、ここでわたしの野次馬根性が頭をもたげてきてしまいました。依子さんはゆきちゃんと二人きりになったらどんなことをしているのでしょう。 そう思ってそっとリビングを覗いてみたら……あらあら。 さすが大胆な依子さん。ゆきちゃんに後ろから抱き着き、そのままキスをしています。 ずいぶん濃厚なキスですね。なんだか羨ましくなってきました。 じっと見ていると依子さんがわたしに気付きましたが、ゆきちゃんのそばからどく気配はありません。 それどころか笑顔で挨拶をしてきました。「おかえり」 なんとも不敵な笑顔です。「ただいまです。そんなことより依子さん
芸能界の大御所からある意味のお墨付きをもらったことによって、わたしの元にはさらにたくさんのオファーが舞い込んでくるようになった。それを選別する五代さんも大忙しだろう。 ひよりも手伝っているけれど、それでもスケジュールを詰めるのに相当苦労しているようだ。 ほとんどが音楽番組なんだけど、中にはドラマに出てくれないかという話もあって。思わず笑ってしまった。 「ピーノちゃん」は確かに歌とダンスは上手かったけど、台本読みは死ぬほど苦手だったのを知らないのかな。 言っとくけど大根役者なんてものじゃねーぞ。 棒読みでもいいなら出てもいいけど。 でもテレビに出るようになって、いいこともあった。 旅番組のオファーが来て、仕事で堂々と旅行に行けたりすることもあるからだ。 うちの姉妹たちはスタッフ扱いなので当然同行。 撮影をしながらだけど、美味しいものを食べて温泉にも浸かって、観光地を巡れるのはテレビならではの役得だ。 タオルを巻いているとはいえ、温泉に浸かる姿を撮影されるのは恥ずかしいし、姉妹達も複雑そうな表情をしていたけど。 だけどわたしが温泉に浸かる回は視聴者から人気だということで、たびたびお声がかかる。男性視聴者に人気があるというのが少し引っかかるけど。性癖は正常に保てよ日本男児。 だけどやっぱり出演して一番楽しいのは音楽番組だ。昔に比べてずいぶん減ったとはいえ、やはり音楽というのはどの世代にも人気があって、たくさんのミュージシャンがいる。そういったプロのミュージシャンと交流できて、生のパフォーマンスを間近で見れるというのはとても勉強になる。 プロにはアマチュアとは一味違う技術やこだわりなんかもあって、だからといって自分だけのものだと秘密にすることなくいろんなテクニックを惜しげもなく披露してくれる。 仲良くなったバンドの打ち上げに誘われることもけっこう増えた。「ほらーゆきちゃんもどんどん飲みなよー」 そう言ってすっごいお酒を勧められるのもよくあることだ。「家では姉妹たちが待っているので、あまり酔っぱらって帰ると怒られるんですよ
パーソナリティの紹介を受けてスタジオ入りするわたし。 目の前に鎮座するのは芸能界の大御所。拍手をしながらわたしを出迎えているものの、その眼差しはどこか値踏みをしているようにも見えるのは穿ち過ぎだろうか。 さすがはというか、長年この世界に君臨してきただけあって、漂うオーラは普通の人のそれではない。 人好きのしそうな柔和な笑顔で接してくれているものの、一筋縄ではいかない人間だというのはよく分かる。 この人の機嫌を損ねたら芸能界で干されちゃうのかな、なんて呑気な事を考える余裕はあるけれど。「どうも初めまして。歌手、そしてダンサーとして活動しているゆきと申します。まだ若輩者ですが、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」 まずは型通りの丁寧な挨拶。あまりいい印象を持てないとしても相手は年長者。最低限の礼儀は尽くしておかないと、社会人としても失格の烙印を押されてしまう。負けず嫌いの虫にはまだ大人しくしていてもらおう。「あら、歌とダンスをメインに活動してらっしゃるんですね」 この時点でわたしに興味がないと言っているようなものだ。普通ゲストとして呼ばれている人間のことくらい調べるものじゃないんだろうか。「それにしてもお綺麗な方ですねぇ。わたしの若い頃にも負けないくらい。透き通った白い肌が羨ましいわ」 人の事を褒めながらも、露骨に自分の過去の事も自慢している。わたしと同じく自己顕示欲の高い人なんだろう。少し好感が持てるな。「お若い頃の写真は見たことがあります。本当にお綺麗で、男であるわたしなんかと比べるのはおこがましいくらいです」 実際に見たことがあるのだが、本当に人形のように綺麗な人だった。過去形だけど。 独特の髪型と丁寧に施された化粧からは上品さが漂っているものの、寄る年波には勝てなかったということなんだろう。 失礼なことを考えているなと思っていると、目を細めて質問をしてきた。ヤベ、何か勘付かれたかな。「ゆきさんはどうして歌をネットなんかで発表しようと思ったんですか?」 少しカチンときた。ネットのことを|な《・》|ん《・》|か《・》と言ってしまう時点でこの人は何か偏見を持っているのだろう。そのネットでたくさんのリスナーさんに支えられているわたしに向かって言う言葉とは思えない。やはりどこかでわたしの事を見下しているような雰囲気を感
アメリカでの成功は確かに成果があった。 本物の銃弾を弾き飛ばした動画も大いに注目されて、世界中のバラエティやニュース番組で特集が組まれているそうだ。 そしてその後見せた歌とパフォーマンスは見るものの心を揺さぶり、「日本から訪れた本物の妖精」というキャッチコピーまでつけられ、英語圏であるイギリスを始めヨーロッパで大々的に取り上げられて認知度が格段に上がった。ヨーロッパ以外でもわたしの歌声は世界中に広まりつつある。 おかげでチャンネル登録者数も四千万人を目前だ。このままいけばギネス記録を塗り替えることも視野に入ってくるだろう。 わたしが三曲目に英語で歌った曲は英語版日本語版共にアメリカやヨーロッパで各国語版ヒットチャートの上位三位以内に入り、他の楽曲も軒並みランクイン。 弾丸インパクトが呼び水となり、わたしの知名度はうなぎ登りと言っていいだろう。 みんなに怒られながらもやった甲斐はあったということだ。 そのこと自体はとても喜ばしいことなんだけれど、副作用が発生してしまった。 日本のテレビ局からの出演オファーが殺到することになってしまったのだ。 今はまだ五代さんのところで止めてくれてはいるけれど、わたしもそろそろ覚悟を決める時かもしれない。 リビングのソファーに座り、連日のように届く五代さんからの連絡メールを見てため息をついてしまう。「今日もオファー来てるの?」 アイスクリームを咥えたひよりが後ろからわたしのスマホを覗き込んで聞いてきた。「うん、いつまでも断り続けるのもねぇ……ってつめた!」 肩口にポタリと落ちた水滴に飛びあがるほど驚いた。 ひよりのアイスが溶けてピンポイントに狙ってきたんだけど、わざとか?「ごめんごめん、ちゃんと処理するから」 ティッシュで拭いてくれるものと思いきや、近付いてきたのは手ではなく顔。「ちゅっ」「ひあ!」 アイスを食べて冷たくなった舌はまた独特な感触で、思わず素っ頓狂な声が出た。「何す
「ゆきちゃん!」 ひよりの悲痛な声が響き渡った。 わたしは腕を伸ばしたまま、微動だにしない。 怪我をしたわけではない。 ただ想像以上に凄まじい衝撃で、少々腕がしびれているだけだ。 その瞬間は誰が見てもまさに衝撃的だった。 9ミリパラペラム弾特有の高い音と共に、「ブォッ!」という空気を切り裂く掌底の音と、「パシ! パシパシィッ!!」という、弾丸がアクリル板に何度も跳弾する甲高い音が重なった。 次元が違う。 エアガンの時とは音も、衝撃も、迫力がまるで違っていた。 スタジオでは当然、その瞬間のスロー映像が大型モニターに流れている。 そこに映っているのは、飛んでくる弾丸よりも速いようにすら見える、ゆきの繰り出す掌底。手のひらに張り付けられた鉄板で寸分の狂いもなく弾丸を捉え、その軌道を強引に捻じ曲げている。 そして大きく軌道を変えた弾丸は設置されたアクリル板へ次々に跳弾しながら最終地点に設置された壁面へ深くめり込む。 会場は完全に息を飲んでいた。「Oh my God!」 司会のローリー氏が思わずつぶやき、慌てて自分の口を押さえ込む。 その顔からは先ほどまでの余裕の笑みは消えていた。「よし」 小さくつぶやき、ようやく痺れの取れてきた腕をそっと下ろす。 やり切ったという達成感が、ゆっくりと全身を駆け巡っていく。 この想いを最初に表すのはやはりこの人達しかいない。 先ほどまでの緩慢な動きと打って変わって、素早く後方へと振り向いたわたしは、そこに並ぶ愛しい面々を見て表情を綻ばせる。 満面の笑顔でブイサイン。 四人の愛する姉妹と五代さんが、目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。「さすがゆきさんです!」「すげー! 本当にやりやがった!」「感動しました!」「超人」「ほんとすごかったよ! 声も出なかったもん!」 口々に賞賛の言葉を浴びせ、共に成功を喜び合う。 これでわたしは「ちょ
「ブラボー! 鬼気迫るデモンストレーション、確かに見届けました。リハーサルでは一度も成功しなかったのを、本番ではたった一度で成功させるとはさすがですね。感動しました」 ローリーさんが拍手をしながらコメントを語る。観客たちは総立ちで熱狂しているが、彼は椅子に座ったまま冷静な笑みを浮かべる。 この後に控える挑戦のことを知っているからまだ余裕なのだろう。エアガン程度は「デモンストレーション」なのだから。 それにしてもリハーサルでの失敗をここでも持ち出してくるとは……。「ありがとうございます。まぐれではないことを証明するために、もう一度同じことが出来ますが再挑戦しましょうか?」 失敗を強調するあたり、まぐれだと思われていても心外だ。 今のわたしなら何度挑戦しても結果は同じ。いつでもかかってこい。 だけど彼の反応は違うものだった。「いえいえ。先ほどの気迫と動きを見ればこれくらいは朝飯前なんでしょうね。この次に控える挑戦を見事クリアすることが出来たら、本物だとは思いますが」 なるほど。なんというか、分かりやすい人だ。 次の挑戦が待ち構えている以上、次で失敗すれば今回の事も自動的に「まぐれ」になってしまう。印象操作というやつだ。 要するに次のチャレンジは成功するはずがないと思っているんだろう。 上等だ。あんまりわたしを舐めるなよ。 だけどそんな反骨心はおくびにも出さず、いつもの笑顔。「それもそうですね。では早速次のチャレンジに移りたいと思いますので、準備の方を進めていただけますか?」 その挑戦、受けて立ってやる。 その言葉に笑みを浮かべるローリー氏。ずいぶんと挑戦的な笑顔だ。「分かりました。スタッフさん、打ち合わせ通りお願いします」 司会の進行に従って、現場のスタッフが少し緊張した様子で、慌ただしく動き始める。 その隙に五代さんがそっと近づいてきた。「ちょっとゆきさん。次のチャレンジってわたしは何も聞いてないんですけど。いったい何をするつもりなんです